若き才能が集うとき

広告クリエイティブ・チーム座談会
嶌村吉祥丸 × 山田健人 × 星加陸 × 半澤慶樹

体制を新たにしたPARCOの2018-19年秋冬のファッション広告キャンペーンを手がけたのは、20代のクリエイターたち。彼らがまるで“セッション”するかのように創り出したビジュアルとムービーは「1組のアートディレクターを起点として生まれる」日本の広告業界で定型化している方法論に対するチャレンジの結果であり、ファッション広告の新しいあり方を表現するものでもありました。それぞれのフィールドで類まれな才能を発揮し、東京の「今」を代表すると言っても過言ではない面々で編成されたクリエイティブ・チーム—嶌村吉祥丸と映像作家の山田健人を中心に、アートディレクションを手がけた星加陸、ファッションディレクションを担当したPERMINUTEデザイナーの半澤慶樹が一堂に会し、広告の制作過程やクリエイションに対するそれぞれの向き合い方を語りました。

□ 左から嶌村吉祥丸、山田健人、星加陸、半澤慶樹。

“皆が戻ってこれる場所”としてのコンセプト

嶌村:今回のプロジェクトは「PARCOのファッション広告という枠組みで、どういうことができたら面白いと思うか」と、僕がお声がけいただいたことに始まります。自分の力だけで0から100まで広告をつくることは難しいと直感したのと同時に、いろんな人との化学変化を見てみたいという純粋な思いが立ち上がってきました。コラボレーションすることは大前提として考えていて、映像の領域は一番近しい存在で全幅の信頼をおいている山田さんにお願いしたいと考え、同時進行で星加くんに打診し、衣装をお願いする半澤さんには一番最後に声をかけたという流れでしたね。

クリエイティブの核であり、チーム全員で共有される基本のコンセプトはどのように組み上げていったのですか?

嶌村:僕自身、普段の撮影でも芯となるコンセプト作りを大事にしていますし、今回は特にいろいろな人が関わるので“皆が戻って来られる場所”としての基軸を作らなければならないと考えました。そこでまず、哲学者の吉田幸司さんに参加を依頼しました。普段は哲学のことを考えている人がコンセプトの根幹を形づくるサポーターとして入ったら、まさに“化学反応”が起こるのではないかと。吉田さんと僕で話を進めながら、ある段階で山田さんと星加くんも入り、キャッチコピーを含めて—そもそもコピーが必要なのかまで突き詰めて—どういうものを作りたいかという共通認識を再確認する作業として、ディスカッションをだいたい5時間にわたって繰り広げました。そこで話された原型のひとつが「自然」を取り入れたいという話でした。

山田:それに加えてファッションの流動性と自然が持つ性質としての流動性がうまく調合されると良いのではないかという話もありました。それが、僕たちの認識では出だしの“1行目”。今回の面白いところは、“広告的”なことがどうこうと模索するのでなく、ひらけたディスカッションから入っていったことだと思います。

たしかにプロジェクトの初期段階で哲学的な思考が織り交ぜられているのは非常に興味深いです。

嶌村:吉田さんとは3年前くらいから親交があって、哲学者はカタいという一般的な想像を取っ払えるほど、とてもフランクな方です。学術的な肩書きとしては博士でもあるので、当然僕らにはない引き出しがある。吉田さんが、言わば司会進行役にまわってくれて、哲学や論理的な視点を僕たちに提示しながら、全員で話を掘り下げ、頭の中を整理していく時間を共に過ごしていました。

キャッチコピーの役割

嶌村:今回の編成で、コピーライターという立ち位置をあえて排除したことによって苦労はしましたが、自分たちが言葉の上でもコンセプトを理解してビジュアルを組み立てることができたと思います。「私は裸になれない。」というコピーは数十時間にのぼるディスカッションのなかで山田さんに降ってきた言葉でした。

山田:その話し合いは良い意味で話が飛びまくっていて、多角的に文章を積み上げて、説明によって理解や認識が拓けていくような時間だった。一方で、コピーっぽくない言葉が多くてキャッチ力があまりない。じゃあ具体的にどう落とし込もうかというときに、宿題をするみたいに1人100個くらい案を書いてみた。文字面を含めた視覚的な要素は重要だと考えているので、句読点のある・なし、漢字なのか、ひらがなのかなども考えながら精査していったんです。もちろん単純にキャッチ力あればいいってわけじゃないので、コンセプトがある程度みえてきたときに吉祥丸の……

嶌村:「私が始まりつづける。」

山田:というので、かなりみえてきたんですよね。そしてもう1段フックになる要素が欲しいと。

嶌村:これでは表現がストレート過ぎたので、むしろ広告として“コピーがなくても成立する”のではないかということさえ考えましたが、その時点で今回のコピーに対する方向性がようやく見えてきました。言葉として“ひらけた存在”でありながら、日常的であることとドキッとさせる要素が共存しているべきだと考えました。

山田:大きな柱が「自然」「女性」「ファッション」ですが、“水”という要素も話のなかで頻出していて。単なる自然の海だけでなく、身体の8割は水であるとか“人と水の密接さ”といったところにいたるまで。その一方で、女性らしさをどう表現するかという課題には、そもそも人は女性から生まれるのだから、水と女性は共通する部分があるんじゃないかと発展していったり。

キャッチコピーの役割はいろいろあると思いますが、ビジュアルを説明することでさらにパンチをかけるもの以外に、ビジュアルで説明されていない部分を“補う”ものもあると思って。「自然と女性」という要素はビジュアルの中で強く可視化されると想定していたので、いわゆるファッション性をコピーで補うことができれば、全体の効果につながるんじゃないかと考えたんです。ですから、ファッションの流動性をポジティブに解釈する必要があったし、純粋な服を着ることの自由さ、単純に言えば「私は服が好きだ」みたいなことがコピーのなかに見えると良いのではないかと。それで、こうしたアイデアを持って僕が吉田先生に確認したんです。例えば、逆説的なもの言いはどうなのでしょうと。要するに「服を着ることの反対は裸ではない」みたいな。裸になる選択をしない、つまりは服を着続けることの喜びを味わい続ける……。今回のコピーの背景には、そういう意味合いが込められているんです。

そうしたコピーとビジュアル表現の結びつきについて、ほかの皆さんはどのようにお考えですか?

半澤:今回この話をいただいてからPARCOの過去の広告をリサーチしていくなかで、コピーの力は強く感じましたね。強いビジュアルを見てまず1回「すごい」ってなるんですけど、コピーを読むと、もう1度驚いてしまう。それぞれが相乗効果で凄みを持ちつつ共存しているんです。それを踏まえて「私は裸になれない。」という今回のコピーに対して服の表現では何ができるかチームのみんなと会話しながら、考えていきました。

星加:僕もそうですね。PARCOの広告を何がきっかけで思い出すかというとコピーなんです。その文言で広告を記憶しているくらい、キャッチコピーには強い印象を受けます。今回長い話し合いを経てこのコピーに辿り着けたのも、”皆が戻ってこれる場所”として核となる言葉や表現したいものを共有できていた点は心強かったです。

嶌村:写真や映像に関して「言葉で伝えられないものを表現したい」と言われる場合があります。しかし、言葉で補完することや伝えたいことの言語化はある程度できる必要があると思います。そういった意味で今回は、強制力はないですが、言葉の存在によってコンセプトに対しての動線が引けている。やんわりと観る人の思考を誘導することはできていると思っています。それが今回のビジュアルとコピーが相まって良い方向でマッチしてくれました。

それぞれの表現の方向

それぞれの立場から、どのようなアウトプットをしようと心がけたのかお聞かせください。

半澤:僕は合流したのが遅くて、顔合わせはモデルオーディションの日でした。コピーやコンセプトを読んでみるとかなり考え尽くされてるし、その中でも、裸、自然、水といったキーワードがすでに出ている。ですので、それをいかにダイレクトかつ軽妙に伝えることができるかに意識をおいてデザインしていきました。その中で、プリミティブな“1枚の布”と自然が一体となって有機的に動くイメージがいいなと思い、いわゆる“いかにも服らしいもの”をセットアップするのではなく、陰影がよく出る肉厚な生地を使って、形の面白さを優先させたデザインにしました。映像で水面に倒れこむシーンがあったので、濡れても服の見え方がよりよくなるよう検証を重ねたこともポイントのひとつです。

星加:僕の場合、絵コンテを何枚も出してはいたんですけど、撮影当日までイメージは固まっていませんでした。キャッチコピーがひらけた存在であるため、説明が持つ範囲の限定や理解できることを前提においた「伝える」という解釈は避けたい、というのはひとつの考えとしてありました。撮影を終え、吉祥丸さんから写真をいただいたとき、ポスターイメージがパパッてみえた感じがありました。

山田:映像のストーリーを考えるなかで、女性が水面に立っていイメージはけっこう早めに出ていました。その画は「自然との調和」とも受け取れるし「自然を制圧している」感じにも見える。ビジュアルの強さとキャッチ力をどう作り出すかは最も大事にしたところですね。それは例えば、見たことのない感じ。15秒間でも人を静止させることって難しいと思っているので、その人にとっての驚きのポイントをある程度散らしたり、音楽も没入感があるといったことは必要だと考えていました。

水面に立つ女性の周りに“白い人たち”がいるシーン—その人たちは擬人化した服で、これもまた早い段階でストーリーラインの構想にありました。一方で、いろいろと想定していたことが結果的には丸くなっていき、説明的なアクションがどんどん削られて洗練されていったので単純に「どうなってんの?」という驚きが際立ってきたようにも思っています。

嶌村:写真を撮る行為に本来は1番エネルギーを注ぐところですが、今回はコンセプトを話し込むことに相当力を注ぎました。コンセプトを話し合う過程で色々なパターンをシュミレーションしましたし、むしろそれらを全部壊して再構築したものが今回のビジュアルになっていると思っています。

僕らは日々の生活の中で、無数のビジュアルを見ています。写真も映像も、InstagramなどのSNSが日常にある以上、いろんな人が撮ったいろんな構図を見ているわけです。それらを全部“ゼロ”に戻して、撮影するその場に起こっている状況のなかで最も良いものを摘み取るしかないと思っています。今回は、モデルのリザという人間のコアな部分をいかにえぐり出せるか、そして「人と自然」というテーマに沿いながら、どれだけ要素を削ぎ落として撮れるかを考えていました。星加くんが巧く組んでくれて、ビジュアルとして成り立っていますが、写真単体の要素でいったら“超最小限”。しかしそれは、実は僕がずっとやりたかった表現方法でもありました。撮るその瞬間は何も考えずに、自然体かつ肉体的にシャッターを切っていました。

山田:撮影でいうと、例えば「人が立ちます」と言われても「それどうやるの?」じゃないですか。その方法論のレベルが、僕が今まで監督してきた撮影の中でも、圧倒的に難しい要素でした。だからこそすごいワクワクしましたね。今はこれだったらこう撮れるっていう時代なので、大体のことがリファレンスありきで進んでいく。そのこと自体に普段から疑問は感じているんですが、今回はリファレンスがほとんどありませんでした。初めの手がかりは「人が水面に立つ」「それで周りになんかいる」ってだけで。それに、どんなにロケハンしても当日行くまでわからないこともあり、もちろん想定して、あらゆる準備はしてたんですけど、要は相手が自然だったってことですよね。本当にいろいろとあったけど、ゼロからのスタートをみんなと一緒にできたのは、なんかすごかった。こんな経験なかなかないですから。

PARCOの広告を手がけるということ

PARCOの歴代広告のなかでインスパイアされたものなどありますか? 若くしてPARCOの広告を手がけるのは、プレッシャーはありませんでしたか?

星加:僕は井上嗣也さん世代のPARCOの広告がすごい好きなんですけど、一番影響を受けたのは、僕が美術高校のデザイン専攻にいたときに当時の先生が「これ知ってるか?」と自慢げに見せてくれた石岡瑛子さんの「鶯は誰にも媚びずホーホケキョ」(1976年)。純粋にかっけえなって思ったのと、すごい悔しかった印象もあります。まさかPARCOさんと仕事するなんて思ってもいない大学帰りのある日、吉祥丸さんから電話がかかってきたんですね。「星加、すごい仕事がやってくるかもしれない」って、内容は教えてくれなかったんですけど(笑)。大学を中退して「さぁどうしよう」というタイミング、頭の中にはPARCOのパの字もなかったので驚きました。かえってプレッシャーは全然なく、純粋に東京ってすげえ(笑)って。ただ、高校の頃から僕にとっては、高みにある憧れのステージではありました。仕事するだなんてこれっぽっちも思ってなかったんで、スタンスとしては「やってやるぞ」ってそんな感じです。

1976年|AD:石岡瑛子 P:横須賀功光 C:長沢岳夫 S:三宅一生・中村里香子

1976年|AD:石岡瑛子 P:横須賀功光 C:長沢岳夫 S:三宅一生・中村里香子

半澤:本当に光栄だと思ってますし、まさかこんなに早いタイミングでこうしたオファーをいただけるとは思ってもいなかったというのが正直なところです。PERMINUTEを始めてからもそうですし、まだ学生だったころからPARCOさんにはお世話になっています。例えば、PARCO MUSEUMで行われた「絶命展~ファッションの秘境」は僕が20歳で初めて出展した合同展示会だし、期間限定ショップの「MEI-TEN」や繊維企業とコラボレーションした「KIRE・KIRE・TEN」にも参加しました。歴代の広告が、ということだけでなく、そうしたこれまでの関係性があるからこその良いものを作りたいというプレッシャーや気負い、あるいは責任感のようなものが一層かかった仕事だったとは思っています。

嶌村:自分は写真や広告の文脈をあまり見てこなかった人間だったので「PARCOの歴史」という点に対しては変に気負いせずに今回の広告に取り組めたと思っています。とは言いつつも、歴史があることはもちろん知っていて、過去の広告に関するリサーチもしていたのですが、僕らができる最大限の表現をするだけ—そういうスタンスでした。

山田:アーカイブをみんなで揃って見たわけではないけど、それぞれが調べた本なりウェブなりで気になったものはシェアしてたよね。

嶌村:そうですね。逆にこれまでの広告と同じアプローチというのはありえないと思っていたので、アイデアが被らないようにという意識はありました。それでも何か過去の作品から特別な影響を受けたわけではなく、時間をかけて練り上げて、僕らなりのコンセプトやそれに対する解釈で浮上してきたものから、今までになかったものを作りたいと思っていました。

山田:いろいろ拝見しましたけど、1つ選ぶのであれば内田裕也さんが泳いでるやつですかね。むしろ、これ静止画をいま初めて見ました。映像はyoutubeに出ていましたけど。

1985年|AD:井上嗣也 P:加納典明 C:仲畑貴志 M:内田裕也

1985年|AD:井上嗣也 P:加納典明 C:仲畑貴志 M:内田裕也

僕も当然のこととして普通にリスペクトがありますけど、ただそれは別にPARCOさんだからということではなく。要は、自分が取り組むものにともなって必要な部分は勉強しないといけないという意識が当然あるので、気負いしてないというよりは、どんな仕事でもいつも気負いしてるので普段と一緒でした。僕は、対象物の規模や歴史がどうとかは関係はないと思ってて、それを言い出すと映画だったらハリウッドの本場じゃないといけないとか、そういう理論に陥ってしまう。自分たちが作っているものを、いきなり“遠く”に投げようっていうつもりも全然ないんです。少し話はそれますけど、僕は自分が作るものによって、社会や身近な所の豊かさをどれだけあげられるかをやっているんで。そういう中で、PARCOさんにこういう機会をもらえたことは本当に光栄に思っています。

共創はバトンリレーのように

星加:僕は自分から共作を持ちかけることがあんまりないんです。相手の意見と反発するシーンにはストレスや妥協が付きものですし、それを超えて人に頼めるという場は今の自分のなかでは少ないと思っていて。一方で、今回は皆さんが自分たちのフィールドで豊富な経験を持っていらして、自然と“信頼できる距離感”がありました。だから自分の意見を相手の作品に反映させるよりも、信頼関係の上で“リレー”して行く感覚が強かった気がします。全体の流れをディレクションしたわけではないのでそういうスタンスを取れたんですけど、それぞれから出来上がってくるものを楽しみながらダイブしていった感じですね(笑)

半澤:自分のブランドでいえば、他者とコラボレーションするのは僕が作れない部分。例えば、1回目のショーではかけるBGMだけでなく、友人の調香師に頼んで香水を作ってもらいました。僕の場合のコラボレーションの価値は、数シーズンに渡って継続していくなかで、だんだんとお互いが目指してきたことをやり尽くしたあと、次はどうしようってなったときにすっと生まれ得るもの。そこに初めて共作の意味があるのだと考えています。服を作ること自体は自分で完結させてしまうタイプなので、いわゆる関係における“連続性”に生命感を感じますし、他人との間にあるリズム感を楽しんでいるんだと思います。

山田:各分野には“言語”があると思うんです。例えば、コンセプトのテキストを絵で説明しようとすると、映像としてはたぶんそんなに面白くない。だから、それぞれが独自の解釈で進めていくプロセスはありました。ただし、そうしたことを独断で進めるのではなく、時にシェアしながらキャッチボールをするように進めてきたという点では“リレー”のようだったとも思います。信頼して任せ合っていたし、帰ってこれる場所としてのコンセプトがあるし、それに沿って各々がやってるから絶対にぶれない。そういう感覚が全員にあったし、お互いの感覚や進め方も認識しあっていたと思うんです。だから「コラボレーションした」という感じはないんですよね。映像で言えば常にチームプレイなのは確実ですし。「コラボレーション」はどこか当事者でないところからの言葉のようにも感じますね。

嶌村:そうですね。みんな信頼して尊敬し合える関係だったので、お互いにぶん投げることができたと思っています。服は半澤さんに、デザインは星加くんに、映像は山田さんにお願いしますというように。各々の“正義”があるので、相手に“投げきれない”と結果として何処かで中途半端になってしまう可能性があります。それを側から見たら「コラボレーション」したように見えるとは思いますが、このプロジェクトに対して誰と何をしたら面白くなるかといった視点で頼んでいったら、自然とこうなっただけなのかもしれません。

山田:衝突はあんまりなかったよね。例えば、衣装のことで何となくドレッシーな感じだよねというイメージが、何をせずとも同じ発想ができていて「そうだよね」って感じ。言い方を変えると、みんなの考え方やクリエイティブに対して、ずっと納得をし続けていました。だから正直言って、自信はめっちゃありますね。

嶌村:5時間のディスカッションを計5回。濃密な時間を経て生まれたコンセプトの時点で、良い意味で解釈の余白が生まれ、そのなかで良い具合に融合していったのだと思います。そうして生まれた今回のクリエイティブが、“マスターピース”であってほしい。数十年前のPARCOの広告を当時高校生だった星加くんが見て憧れたように、消費されることが前提である広告だとしても誰かに記憶される存在としてあり続けてほしい。僕たちは、それだけのものを創ったつもりです。

photos by Yuri Manabe interview by Tatsuya Yamaguchi

プロフィール

フォトグラファー・クリエイティブディレクター

嶌村吉祥丸 Kisshomaru Shimamura

東京都出身。ファッション雑誌や広告、ブランドカタログ、アーティスト写真など幅広く活動。世界各地で作品を撮り下ろし、自身がキュレーターとして関わる中目黒のギャラリーW+K+をはじめ、様々なギャラリーで個展を開催。ミュージシャンやファッションデザイナー、哲学者、グラフィックデザイナーなど、異分野のアーティストとコラボレーション作品を発表するなど、多岐にわたって表現活動を行う。主な個展に「Unusual Usual」(Portland, 2014)、「Inside Out」(Warsaw, 2016)、「about:blank」(Tokyo, 2018)などがある。
https://www.kisshomaru.com/

映像監督

山田健人 Kento Yamada

映像作家/VJ。1992年生まれ、東京都出身。Suchmosや米津玄師、水曜日のカンパネラなど、様々なアーティストのMVを手掛ける。2017年に監督した宇多田ヒカル『忘却 featuring KOHH』の映像が「MTV Video Music Awards Japan」の最優秀コラボレーションビデオ賞を受賞。2018年には「SHOWER MUSIC AWARDS 2018」にて年間で最も優れた監督に贈られる「BEST VIDEO DIRECTOR」賞を受賞。バンドyahyelのメンバーとしてVJも務め、ヨーロッパツアーやFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONICなどにも参加。
http://kentoyamada.com/

グラフィックデザイナー

星加陸 Riku Hoshika

グラフィックデザイナー。1997年生まれ、京都府出身。京都市立銅駝美術工芸高等学校を卒業後、武蔵野美術大学に入学。昨年同大学を中退。グラフィックデザインを軸に分野を横断した作品を発表。映画やアートイベントのポスタービジュアルをはじめ、アーティストの展覧会タブロイドやフライヤー、ブックデザインなども手掛ける。
https://akihsoh.tumblr.com

ファッションディレクター

半澤慶樹 Yoshiki Hanzawa

ファッションデザイナー。1992年生まれ、福島県出身。2016年に文化服装学院とここのがっこうを卒業後、2017年春夏シーズンより自身のブランド「PERMINUTE」をスタート。同年、H&Mが主催する国際コンペティション「H&M DESIGN AWARD 2017」のショートリストにノミネートされ、2018年春夏シーズンにはAmazon Fashion Week TOKYOの公式スケジュールで初のランウェイショーを発表。
https://www.instagram.com/_perminute_/

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