それぞれの人の世界が色づくために
クリエイター対談 井樫彩×脇田あすか

ひとりの女性が、ある出会いをきっかけに解き放たれていく過程を繊細かつビビッドに描き出した、PARCO 2019SSキャンペーンのためのショートムービー『SHINING RED FISH』。

本作の脚本・監督を手掛けたのは、『第70回カンヌ国際映画祭』シネフォンダシオン部門にノミネートされた『溶ける』、長編デビュー作『真っ赤な星』、映画監督の山戸結希さんプロデュースによるオムニバス映画『21世紀の女の子』の一篇『君のシーツ』を制作した、映画監督の井樫彩さん。

さらに、ショートムービーとコンセプトを共有する、瑞々しく軽やかなメインビジュアルを制作したのが、デザイン事務所・コズフィッシュに所属して書籍や展覧会のデザインをするかたわら、アートブックやスカーフなどの作品制作など個人での活動も行う、グラフィックデザイナーの脇田あすかさん。

新しい季節の始まりに向けて、張り詰めた身体や心をするりとほどくような今回の作品は、どのように制作されたのか、制作の過程や作品に込めた思いなどについて、おふたりにお話を聞きました。

情景が心理描写になっている作品が好き。(井樫)

今回は「女性が主人公で、春夏のファッション要素を取り入れた映像作品」というPARCOからのお題をもとに、まず井樫さんが全体のコンセプトとショートムービーの脚本プランを練られたそうですね。どのように作品の構想を膨らませていかれたのでしょうか。

井樫打ち合わせのときに「日常的じゃない方がいい」というお話を伺って、その場でスパイという設定を思いついたんです。スパイだったら、自分を偽るためにいろんな服を着ますよね。スパイという存在は世間と乖離しているので、どこか世の中を俯瞰で見ているような要素も入れられる。自分を偽って生きている主人公が、ある人物と出会って、本当の自分に嘘をつかない選択をしていくことができるようになるという状況を、表現しやすいんじゃないかと思ったんです。

プール、水族館、金魚鉢、瓶の飲み物と、さまざまな形で「水」が印象的に登場しますね。

井樫情景が心理描写になっている作品が好きなので、自分が映像を作るときにもいつもそうした要素を入れたいと思っているんです。今回水を使った理由は、衣服が濡れたり、水の中でたなびいているような表現ができるということ。さらに、実際は狭いプールにいる主人公が、泳いでいる瞬間だけは広い海の中にいるような感覚になっている様子を表すことで、本当はもっと解放されたいという主人公の葛藤を描写できると思ったんです。

井樫彩さん

映像・グラフィック共に女優の桜井ユキさんが起用されています。井樫さんは以前に桜井さんが主演の映画(『真っ赤な星』)も撮られていますね。

井樫主人公をスパイにしようと決めて、真っ先に桜井さんが合うんじゃないかと思いました。自分では気づいていないけれど抑圧されている主人公を、表現できる人だと思ったんです。桜井さんの内なるものがにじみ出ている感じもすごく好きですし。新しい人との出会いももちろん素敵なことですけど、信頼している人だから、間違いないと思って、ラブコールを送りました。

映像が元になっていることを、
グラフィックでも感じられたらと思って。(脇田)

脇田さんは井樫さんのシナリオを受けて、どのようにグラフィックを発想していかれたのでしょうか。

脇田まずは井樫さんと会ってお話を聞きつつ、脚本を読ませてもらいました。その時点では映像はもちろん、コンテにもなっていない段階だったから、どういう仕上がりになるのか想像しかできなくて。色味やテイストを映像とがっちり合わせられたらベストだけど、そこはちょっと難しそうだなと。だから、映像と同じコンセプトで、衣装も統一するけれど、グラフィックは映像とはある程度切り離して考えていこうと、初めに決意しました。

井樫決意(笑)。

左から井樫彩さん、脇田あすかさん

脇田最初に説明を受けたときに、井樫さんが「この主人公の女は水の中でだけ好きな服を着られるんだ」って言ったんですよ。

井樫そんなこと言ってた?

脇田言ってた、言ってた。それを聞いて、冒頭のプールで泳いでいるシーンと、水族館で水に囲まれている最後のシーンを春・夏それぞれのグラフィックと連動させようと決めて、そこからどんどん考えていきました。

衣装や写真に関してはどのように進めていかれたのですか。

脇田映像が元になっていることをグラフィックでも感じられたらと思って、写真はフィルムで撮っているし、映像も撮っているアキタカオリさんにお願いしました。デザインでも、映画の場面を切り取ったような感じを出したくて、上下に黒帯をつけています。衣装はブランドだけ決めて、井樫さんと一緒に選んでいきました。「ポスターの赤い衣装は、グラフィックでは映えるけど、この格好で水族館に行くのは違うよね?」とか擦り合わせながら。

井樫すごくかわいいし桜井さんに似合っていたけど、映画では難しいかも、とね(笑)。

脇田ヘアメイクでも水っぽい質感を出したいと思って、あえてツヤっぽさのある仕上げにしたのですが、印刷所の人から「このツヤはテカリ?そのままで大丈夫ですか?」と心配されたり……(笑)。

お互いの作品についての感想もお聞きしたいです。

脇田現実的なシーンと現実離れしたシーンが交差する塩梅が絶妙で、心地よいなと思いました。予告編の最後のカットで主人公がうつむいていくところが、悲しそうにも見えるし、何も考えていなさそうにも見えるし、そして舐めている飴の棒につく口紅が……ここがお気に入りです。全体に青っぽい鮮やかな色味もきれい。まだ15秒の予告編しか見ていないので、早く完成版を見たいなぁ!

井樫やばい、見せるの緊張するな(笑)。脇田さんから最初に送っていただいた手描きのラフが、すでにそれ自体ポスターになるんじゃないかと思うくらい素敵だったんですよ。

グラフィックを作るにあたって脇田さんが準備した手描きのラフ資料

脇田撮影の時間が限られていたので、ラフの段階で結構イメージを固めていたんです。

すごく素敵ですね。制作の際は毎回こういうものを作るのですか?

脇田そうですね。でもこれは結構ちゃんと作った方かな。OKをもらわなきゃと思って(笑)。

あえて「こうした方がハッピーだよ」みたいなことを言う
ビジュアルじゃなくてもいいんじゃないかなって。(脇田)

井樫さんのショートフィルムにおける水のモチーフもそうなのですが、それを受けて脇田さんが制作されたビジュアルやロゴも何か揺らぐような感触があって、今回の制作においては「定まり切らなさ」みたいなものを大事にされているように思いました。

脇田はじめ、キャッチコピーをつけるかどうかについても話し合ったんです。広告って、何か強いメッセージを発信して、見ている人がそれを受け取るというタイプのものが多いですよね。もちろん、そういう広告で素敵なものもたくさんありますが、今回はそうじゃなくてもいいような気がして。

今って情報過多じゃないですか。私自身も、いろんなメッセージが入って来すぎてうるさく感じることがあるし、特に服を買うときには余計なことを考えたくないんです。それぞれの人が好きだと思えるものを好きに選んで買ったらいいと思うし、「こうした方がハッピーだよ」みたいなことを、わざわざ言うビジュアルじゃなくてもいいんじゃないかなって。だから、見た人自身が自由に捉えられるような余白がありつつ、なんとなく明るい気持ちになれるビジュアルになればいいなと思いながら作りました。

広告でも映画でも
あまり説教じみたことは言いたくなくて。(井樫)

井樫さんは今回の映像を通してどのようなものを伝えていきたいと思いましたか。

井樫私は広告でも映画でもあまり説教じみたことは言いたくなくて、これもまた説教じみてしまうからあまり言いたくはないのですが……。生きている時間の大半が、誰かと関わる瞬間じゃないですか。もちろん誰とも関わらない人もいますが、多くの人たちは外に出て、誰かと会って、話をして、日常を過ごしている。その「誰か」がいることで、自分という存在の認識が深まるし、何かを選択することになる。それによって日常が進んでいくと思うんです。

今回の作品では、最初、主人公は抑圧されていると感じているけれど、それは彼女自身がその状況から抜け出さないからそうなっています。でも、誰かと出会って人を好きになることで、そこで初めて変わりたいとか、好きな服を着たいと思って、世界が色づいていくんです。

狭いコミュニティの中だけにいると、どうしてもその場所がすべてだと思ってしまいます。もしもそのことに苦しんでいる人が、その場所以外にも世界があることを知っていたら、違う選択ができたのかもしれない。だから、選択できる可能性が存在しているということを示すことは、意識した部分ですね。

今着ているものは選択の結果着ているものだから、
装いにはどんな人かが表れますよね。(井樫)

今回の作品では装うことというのも、大切な要素になっていますが、おふたりが作品もしくは普段のご自身が服やファッションとどのように向き合っているかについて、お聞きしたいです。

井樫どんな服をかわいいと思うかということや、値段とのにらめっこを経てその服を買うかどうかも含め、今着ているものは選択の結果着ているものだから、装いにはどんな人かが表れますよね。モノトーンが好きなのか、カラフルな色が好きなのかもそのときの気分によって変わったりするし、すごく日常と密にあるものだと思います。

映像を作るとき、衣装について考えるのは毎回面白いです。その人物がどういう日常を過ごして、どういう人と会うかによって、着る服が変わってきますよね。以前に作品で女の人が乱暴されてしまったシーンを撮ったあとに、衣装さんから「そんなことがあったあとだったら、しばらくスカートを履きたくならないんじゃない?」と言われて、なるほどと思いました。そういうことをきちんと積み重ねることによって、表現が豊かになると思うんです。

脇田私も制作のうえでは、必ずその裏に何かストーリーがあるから、それに合った服を選ぶことが大事だといつも考えています。

井樫(脇田さんの服を指して)こういう柄の服、好きですよね。いつも着てる。

脇田うん。私自身が着たいのはちょっとへんてこだけど楽な服です。日常的に、何かに邪魔されるのが嫌いだから(笑)。でも、そういう「歩きやすさ」とかじゃなくて、「かっこいいからこっちの靴を履く」みたいな選び方もあるじゃないですか。「寒いのにそんな服を着るの?」みたいな。冬でも短いスカートを履いてる制服姿の女子高生とか、かっこいいなと思います。TPOとか関係ない装いをしている人への憧れがありますね。

井樫確かに、私も北海道に住んでいたのに中学時代は頑なに生足を貫いていました(笑)。高校生になってからは「もう無理」と思ってタイツを履き始めたんですけど。

最後に、PARCOのクリエイションに携わることに対しての思いを伺えたらと思います。

井樫PARCOってすごくとがっているなと思います。普通だったら、私みたいなわけのわからんやつに撮らせるより、何度も広告映像を撮っているCMディレクターの方に作ってもらう方が、絶対にクオリティが安定しているはずですよね。そういうところが素敵だなと。常に更新し続けて、上がっていこうとしているというか、同じ位置にいない感じ。だから私も今回、バリバリにとがらなきゃ、と思いました(笑)。

脇田:M/M(Paris)が手掛けたビジュアル(2014年秋冬から4年にわたりPARCOのシーズンビジュアルを制作)の衝撃がすごかったんです。だから最初にお話をいただいたときは、それと比べられるんだ、という不安や重圧みたいなものがありました。PARCOの過去の作品ももう一度見返したりして、それこそ強いメッセージが打ち出されていてかっこいいものにした方がいいのかな、と迷ったり。でも、途中でふっと、私に出来ることをやるしかないし、誰かと比べて考えても仕方がないと思えて、急に自由に考えられるようになりました。トップを走っている様々なクリエイターの方が関わってきた歴史があるキャンペーンに、ちらっとでも関われたことが嬉しいですし、これからの自分への励みにもなるように感じています。

インタビュー・テキスト:松井友里 撮影:小林真梨子 編集:野村由芽(She is)

プロフィール

movie director
映画監督。1996年生まれ、北海道出身。
学生時代に卒業製作として制作した『溶ける』が、ぴあフィルムフェスティバル、なら国際映画祭など国内各種映画祭で受賞し、第70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門へ選出・正式出品を果たす。
2018年12月より長編デビュー作『真っ赤な星』が公開中。また、参加作品である山戸結希プロデュースによるオムニバス映画『21世紀の女の子』も公開中。
graphic designer
グラフィックデザイナー。1993年生まれ、愛知県出身。東京藝術大学デザイン科大学院を卒業後、コズフィッシュに所属。展覧会「スヌーピーミュージアム」や、雑誌「装苑」などのデザインに携わる。個人でもデザイン・イラストレーションの仕事やアートブックなどの作品の制作・発表をしている。
instagram @wakidaasuka
twitter @astonish___
ライフ&カルチャーコミュニティ|She is 映画監督・井樫彩×デザイナー・脇田あすか 夢へと羽ばたく二人の宝物