CREATIVE
INTERVIEW

クリエイティブ インタビュー

YUSUKE NAKAJIMA (POST) & YUJI HAMADA

PARCO 2017AW-2018SS / CREATIVE INTERVIEW
YUSUKE NAKAJIMA (POST) & YUJI HAMADA

ブックストア「POST」のディレクターや「THE TOKYO ART BOOK FAIR」のディレクターとして活躍している中島佑介と、新進気鋭フォトグラファーとして国内外から注目を集める濱田祐史。ともにアカデミックなバックグラウンドを持ち、写真をはじめ、海外の現代美術書や古書、写真集などを数多く分析してきた彼らが独自の目線からパルコの広告を読み解く。

— まず、今回の広告を見てどう感じましたか?

濱田 季節を感じることができ、光の使い方がいいなと思います。背景の壁の使い方も、四隅や角を使っていて面白いですね。アラスデア・マクレランは多くのコマーシャルを撮っているので、商業写真としてのクオリティーが高いのですが、それをM/M(Paris)がデザインで絶妙に崩していますね。前年のヨーガン・テラーの時は逆で、M/M(Paris)は彼の良さを出しながら締まりのあるデザインをする。M/M(Paris)のデザインはまるで料理をしているようで、デザインでビジュアル全体をクオリティーコントロールしているなと思いました。

中島 一般的に「広告」という言葉から連想するイメージがしないですね。パッとこの広告を見ただけでは明確なメッセージが読み取れず、それが結果的にパルコの輪郭を描いています。僕はそこが一番面白いですね。「PARCO」のロゴがなくてもパルコの広告だと伝わると思います。

— 今回はM/M(Paris)としても、70年代や80年代に発表されていたパルコ広告へのオマージュという裏テーマもあるようです。

中島 その頃と通じるものがありますね。というのは、70年代や80年代の広告を遡ると、文化を感じるんです。当時は広告も表現の場であり、クリエーションがあった。だから見ていて面白かった。でもその後、広告はものを売るといった機能を持つことで文化からは遠くなってしまい、その頃から僕の目には広告に惹かれない時代になってしまったように映ります。でも、このパルコの広告からは文化的要素が感じられます。

濱田 パルコの80年代の広告はとても勉強になります。昨年、渋谷パルコが休館になる際に、館内の階段壁面に歴代の広告ポスターが貼ってあり、面白いなと釘付けになりました。今は当時と状況も変わり、誰でも写真が撮れる時代。技術だけでなく概念やビジョンが重要になっていると思います。ヨーロッパの人たちはそもそも概念を作るのが上手だと思っていて、M/M(Paris)も目に見える部分だけに表現したいものを置いているのではなく、その裏にある概念がまずしっかりある。だから写真を見ただけではわからないけれど、感覚で感じることができる作品が仕上がる。彼らの仕事を見ていると、日本人の僕にはどんなことができるのだろうと考えるきっかけにもなりますし、刺激にもなります。

中島 今回のムービーも、わかりにくいからこそ印象に残りますね。僕自身、写真やアートには、すぐに理解ができない感覚に惹かれるところが大きく、この広告のように見る人によって理解が千差万別なビジュアルがテレビや電車の中など、いろいろな場所で流れるのはとても重要なことだと思います。

濱田 人間は、共感できるものとわからないものに好奇心が湧くと言いますが、これは後者ですね。惹かれるアートワークには常に不明確さや余白がある。彼らの仕事は、そのよくわからない不明確さの比重がとても大きいですよね。

— M/M(Paris)は昔の美術の知識やアカデミックな総合芸術の理解もありつつ、ポップカルチャーやユースカルチャーを体現している世代。メディアの使い方やスピード感はとても現代的だと思います。

中島 見ていて古めかしくないですもんね。カレンダーを作ったりレコードを作ったり、広告から派生した企画へと自然に発展させていて、もう広告という言葉が相応しくないんじゃないかと思ってしまうくらい自由で、クリエーション能力に長けている。雑誌よりも雑誌らしい表現を、いろいろなメディアでしている感じがします。アートとコマーシャルをクロスオーバーさせているところにも、彼らの能力と技量の高さが表れています。アートは見せる場所が決まっているし、コマーシャルも然り。でも彼らは、コマーシャルというテリトリーでアートを表現し、文化的なものを見せている。そもそもアートと広告に境を作ること自体、おかしいのかもしれません。

濱田 ヨーガン・テラーが撮影した2016AW-17SSシーズンの広告は特に好きです。撮影の設定をして、その場で起こったことをドキュメンタリーのように撮っていく。それはインスタレーションフォトでもありますし、ステージドフォトでもある。不確定な要素が多いせいか、あまり広告では見ない手法だと思います。ヨーガン・テラーはコマーシャルになり、大量生産されることによって良さが増し、表現に達する珍しい写真家。彼の写真集を見ても、仕事の写真が多く、それがプライベートワークになり、作品に繋がっていくのだと思います。つまりヨーガン・テラーのパルコの仕事は、彼の作品のインスタレーションを見ているということ。彼は、落ちている枝で戦う侍って感じなんです。その場にあるものや状況を加味し用いて完成させてしまうユニークな写真家だと思います。

中島 雑誌にしても広告にしても、海外ではそこまでお互いが明確に求めすぎなんでしょうね、きっと。こんな広告という明確なビジョンを定めていないから、アーティストが手がけた広告はいわゆる広告ではないんです。クライアントと場所をもらい、そこをキャンバスとして作り上げている。だから自由の場になり、表現ができる。パルコの広告の作り方にも同様の雰囲気が出ているのに驚きました。アーティストの色が出ているし、仕上がりも手がけるアーティストによってそれぞれ全く違う。

— 今後、どんなアーティストを起用してほしいですか?

濱田 僕と同世代の写真家のヤープ(Jaap Scheeren)を起用してほしいですね。初めて見た時、とても面白い人がいると思いました。ポートレイトなど、写真がうまいのですがユーモアやちょっとファニーな部分もあり、見てみたいです。

中島 現代美術作家のライアン・ガンダー(Ryan Gander)を見てみたいですね。彼は概念を作る天才なんです。コンセプチュアルアートなので、写真は撮っていないんですけど。でも、写真家じゃないアーティストを起用しているワークが見たい。コンセプチュアルアートと広告はうまく機能すると思うんです。視覚表現は写真だけじゃない。立体としても捉えられるという意味で、概念を考えて表現する人が広告を手がけるとどうなるのか。パルコの広告は独自のメディアとして確立していますよね。時代を映しているし、表現の場として成り立っているんです。だからこそ、いろいろな人とやってほしいですね。

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