パルコ50周年に寄せて

池袋PARCOのオープンから50年。

今年、パルコは節目の年を迎えます。

たくさんの方に支えられた50年。

この機会に特に関わりの深い方々に、

パルコの今まで、パルコのこれから、

思い思いの言葉を寄せていただきました。

CINRA.NET × PARCO 50th Anniversary EXCLUSIVE INTERVIEW CINRA.NET × PARCO 50th Anniversary EXCLUSIVE INTERVIEW

パルコ50周年にあたり、CINRA.NETとパルコがお送りする連載対談インタビュー。

広告、映画、アートなど、パルコと所縁のある方々が登場していきます。

小池一子

クリエイティブディレクター

十和田市現代美術館館長

 69年に池袋PARCOが誕生する前年、私とパルコとのお付き合いが始まりました。当時は、既製服が変革のときを迎えていて、ファッションの世界で仕事をしようと、マンションの一室にミシン一台で服づくりを始める人がたくさん出てきた時代。当時のパルコ代表・増田通二さんがそういう人たちを池袋PARCOに誘い、事業化への道筋をつけていました。そんなことをする商業施設はほかになくて、そこには真新しいもの、面白いものが集まっていたと記憶しています。
 一方、消費者の側では、女性のあり方もファッションの意味も今とは違い、やっとこれから「女性の文化」が広がりつつある時期でした。そんな中、私が提案したのが「スタイリストの時代」という考え方。好きな洋服を選んでコーディネイトする、皆がスタイリストになれる時代が来ると予感したんです。同時期に石岡瑛子さんらが「強い女・自立した女」を広告で端的に表現していたときに、その思想を噛み砕いて伝える役割を担っていたと思います。
 それにしても幸せな時代でした。私も含めて新しいことを始める人が続々と出てきて、それを受け入れるだけの余裕や勢いが社会にあって。パルコは決まりきったものの考え方にはとらわれずに、よりよい生き方を求める人の目標になるような、思想や感性を提案してきた会社です。私がやったことも、当時の女性たちを触発することができたんじゃないかしら。これからの時代なら、大量消費の波に飲まれることなく、私たちの「文化を求める心」を鍛えていってほしい。ずっと文化というものが一番大切だととらえてきたパルコだからできることだし、そのためには演劇も映画も音楽も必要で、感性に関わる領域で新しい芽を育て開花させていってほしいですね。

【プロフィール】

早稲田大学文学部卒業。70年代よりパルコや西友など、西武セゾングループのコピーライティングを多数手がけた。1980年には「無印良品」の創設に参画。以来、アドバイザリーボードを務める。日本初のオルタナティブ・スペース「佐賀町エキジビット・スペース」(~2000年)を創設し、大竹伸朗、森村泰昌、杉本博司らを国内外に送りだした。その他、展覧会のディレクションも多数手がける。近著に『イッセイさんはどこから来たの?』(HeHe、2017)

美輪明宏

歌手・俳優・演出家

 渋谷PARCOができた当時、建物のデザインはもちろん、石岡瑛子さんデザインのポスターや山口はるみさんのイラストが強烈な印象だったのを憶えています。野暮ったさの残る渋谷が、あれから文化の街へと変わっていきましたからね。
 78年にパルコ劇場で『枯葉の寝床』(演出・出演)を上演して以来、パルコとは芝居と音楽会を制作、上演を重ねています。PARCO出版では、『人生ノート』(98年初版)から『愛の大売り出し』まで8冊。思い起こせばこの40年、パルコにはいろいろな形で稼がせてあげました(笑)。
 新しい渋谷PARCOは、現在の多種多様なお客様のニーズにどのような着眼点で応えるのか楽しみです。私なら通路を狭くして、お客様が混雑するようにします。すると「お祭り」の雰囲気が生まれるでしょう?
 心配なのは、新しいパルコ劇場がどうなるか。以前、パリ・オペラ座の支配人から、劇場は「お祭りの場」にしなければお客様からお代は取れない、と伺いました。共感した私は、前のパルコ劇場の椅子と絨毯を赤に変えていただき、自宅から鏡や額、壁紙などを運び込んロビーやお手洗いも華やかにしていただきました。するとお客様が入場された瞬間に感嘆の声を上げられた。そこから徐々にパルコ劇場自体のファンも増えていったと聞いています。新しい劇場もそうなるよう、劇場を熟知した方々を交えて空間や音響システムなどをしっかりデザインしていただきたいです。寺山修司さんの『毛皮のマリー』をはじめ、いろいろ上演してみたくなるような劇場になればうれしいのですが。私自身も、新劇場に見合った出し物を考えないとね。
 世の中、一寸先は闇。頭が痛くなる心配事ばかりですが、まあ、何とかなるようになるでしょう(笑)。

【プロフィール】

16歳よりプロの歌手として活動。日本のシンガーソングライターの元祖として『ヨイトマケの唄』など多数の唄をつくる。主な舞台作に『黒蜥蜴』『双頭の鷲』など。主な著作に『人生ノート』『ああ正負の法則』『花言葉』など。今春、舞台『毛皮のマリー』を東京他で上演。

箭内道彦

クリエイティブディレクター

 2020年を視野に入れ、今、東京の至るところで変化が起こっています。その前年である今年、パルコが50周年を迎えて、さらに核となる渋谷PARCOが再開するというのは何か運命的なものを感じます。2020に向かう機運を見ると、オリンピック・パラリンピックが終わった後に、はたと立ち止まってしまう人も多いのではないか。そんな中で、パルコが先んじて新しいことを始めてくれるという期待があるんだと思います。
 近年、広告の世界で仕事をしていると「リブランディング」という言葉を聞くことが多くなりました。ひとつの時代の節目を迎えているんだなと感じます。それはつまり、企業や団体が「魂はどこにあるのか、やるべきことは何か」をそれぞれに突きつけられているということ。本質を見失わず、歴史を捨て去ることなく、新しい何かに生まれ変わることができた事例となるべく。渋谷の街と並走して、リードして、渋谷とともにあり続けた渋谷PARCO。その本質が街と、そこに根づくカルチャーにあるなら、この後どういう形で新しい文化を構築するのか。パルコは今まで多くのブランドやクリエイターを育ててきました。同じように、50年目以降のパルコをじっくり育てていってほしい。創業から49年目までに積み上げてきたものとは違う新しさが、渋谷から、世界から、心待ちにされています。

【プロフィール】

タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」など、数々の話題の広告をディレクション。「SPECIAL IN YOU.」「Last Dance_」ほか、パルコの宣伝クリエイティブを長く手がけている。渋谷のラジオ理事長。東京藝術大学准教授。

立川志の輔

落語家

 96年から渋谷PARCOが一時休業する16年までの20年間、毎年パルコ劇場で落語をやらせてもらいました。最初は2日間貸してほしい、と私から願い出て始まった話が、年を経るごとに3日間になり1週間になり、10周年の年には1か月やりませんかと言っていただいた。パルコ劇場といえば演劇のメッカ。名だたる劇作家、俳優がしのぎを削り、パルコ・プロデュースの冠を信じて観にくるファンがたくさんいる劇場です。そんな場所で、しかも当時は落語の「ら」の字もない渋谷という街で、お正月の1か月を使って落語を聴かせるというのは、本当にすごい決断だったと思います。もちろん嬉しいんですが、同時に難しさも感じました。おしゃれな街の真ん中、ファッションビルの9階にある劇場にふさわしい落語をつくらなくてはならなくなったんです。この場所で普通の古典落語はできないな。ならばここに合う落語とは何かと考え始めたことが「志の輔らくご」のきっかけになり、今の自分をつくる一因になったと思います。
 パルコ劇場で落語会を始めて12年目、一度も来たことがなかった師匠・立川談志が客席に座ったことがありました。途中で帰るのかと思ったら「弟子の落語を客席ではじめから終わりまで聴いたのは初めてだ」と、最後ステージで三本締めまでしてくれて。パルコ劇場はそんな瞬間をつくってくれた場所でもあります。やはり一時休業の日はたくさんのいい思い出にとらわれましたが、また新しい渋谷PARCOができる。ただ買い物をするだけではなくて、行けば必ず変化がある、必ず何か驚きを与えてくれる場所であってほしい。そしてそこを通り抜けた先で、新しい劇場の神様が私にどんなものをつくらせるのか、今からわくわくしています。

【プロフィール】

83年、立川談志門下に入門、90年、真打昇進。15年には紫綬褒章受章。96年から毎年パルコ劇場で公演を行う。06年から建て替えまで、毎年1月に落語会としては異例の1か月公演を敢行。渋谷のお正月の風物詩となっていた。

Chim↑Pom

アーティスト

 12年の渋谷PARCOでの個展の際、ファサードのネオンサインからウチらのイニシャル、PとCを取り外し、中のギャラリーに展示しました。そのとき屋外サインは「ARO」。こんなことができる施設はなかなかない。あの瞬間、日本一エッジなアートスペースは間違いなくパルコでした!
 商業施設であることはわかりますが「行かなきゃ!」とウチらみたいなアーティストが思うイベントが何年か開催されてませんよね。採算を顧みずに狂った表現を発信し続けてほしい。今より全然、もっともっと。

【プロフィール】

卯城竜太・林靖高・エリイ・岡田将孝・稲岡求・水野俊紀が、2005年に東京で結成したアーティスト集団。時代のリアルを追究し、現代社会に全力で介入したメッセージの強い作品を次々と発表。世界中の展覧会に参加するだけでなく、自らもさまざまなプロジェクトを展開する。2015年アーティストランスペース「Garter」を東京にオープンし、同時代のさまざまな表現者たちの展覧会もキュレーションしている。また、東京電力福島第一原発事故による帰還困難区域内で、封鎖が解除されるまで「観に行くことができない」国際展「Don’t Follow the Wind」の発案とたちあげを行い、作家としても参加、同展は2015年3月11日にスタートした。以来、最近はさまざまな「ボーダー」をテーマにしたプロジェクトも展開しており、2017 年には、メキシコと アメリカの国境沿いで制作したプロジェクト「The other side」を発表。2015年、Prudential Eye AwardsでEmerging Artist of the Yearおよびデジタル・ビデオ部門の最優秀賞を受賞。
http://chimpom.jp

谷中 敦

東京スカパラダイスオーケストラ

 学生時代、ファッションとサブカルチャー、ストリートカルチャーを内包したパルコの活動は(あえて活動と呼ばせてください)、きらきらして、しかも決して敷居が高いわけではなかった。ほんの少しだけ背伸びすれば、すんなり覗いて入っていける憧れの世界や、少し先の未来を指差すように教えてくれました。渋谷の街自体が今のインターネットのような働きをしていた頃、僕にとってはその中枢にPARCOがありました。なので、一時休業するときに、公園通りで演奏させてもらったのはとっても素敵な思い出です。

【プロフィール】

世界を股にかけ活躍する大所帯スカバンド・東京スカパラダイスオーケストラのバリトンサックス担当。スカパラのボーカル曲の主な作詞を手掛け、他アーティストへの詩の提供など活動は多岐に渡る。今年2019年、スカパラはデビュー30周年を迎える。
http://www.tokyoska.net/

横澤琴葉

kotohayokozawaデザイナー

 高校生の頃、家に帰ってから好きな私服に着替えて毎週のように地元の名古屋PARCOに行っていました。ファッションが大好きで、夢を叶えるために23歳でブランドを立ち上げた際に、パルコ主催の若手ブランドサポートプロジェクトに選出していただきました。17年には台風が直撃しそうな中、建て替え工事中の渋谷PARCOでショーを決行したことも忘れられない思い出です。どうかこれからも若手デザイナー、アーティストの一番の理解者であり続けてください。

【プロフィール】

1991年愛知県生まれ。名古屋市内のファッション専攻の高校を卒業後、上京。エスモード東京校に入学し、その後アパレル企業にてデザイナーとして勤務しつつ「ここのがっこう」に通う。退職後、再びエスモードAMIに通い、2015年3月より自身のブランドをスタート。
http://kotohayokozawa.com

山縣良和

writtenafterwards ディレクター

Coconogacco 代表

 初めてパルコと関わったのは、僕が企画した「0点ワークショップ」という催しでした。0点のアイデアを目指すワークショップなのですが、参加者も僕も0点ってなんだろう? と一向に答えの出ない不思議な時間になりました。
 これからの50年も日本における重要な文化の発信地として、様々な表現者の発表の場であると同時に、多種多様な人たちが交わるパルコ=公園であってほしいと思います。

【プロフィール】

2005年セントラル・セント・マーチンズ美術大学を卒業。在学中にジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務める。2007年にリトゥンアフターワーズを設立。2008年より東京コレクションに参加。2014年に毎日ファッション大賞特別賞を受賞。2015年には日本人として初めてLVMHプライズのセミファイナリストにも選出された。またファッション表現の研究、学びの場として、2008年より「ここのがっこう」を主宰。
http://www.writtenafterwards.com

伊藤 弘

アートディレクター

 ちょうど京都から東京に移転したタイミングで、クアトロのオープンニングビジュアルを担当したのがパルコとの出会いです。以来、2回の個展も含め、たくさんの展覧会に参加させてもらったり、広告ビジュアルを担当させてもらったりしてきました。
 50年目を迎えたパルコには、ぜひもう一度カルチャーを盛り上げてほしいですね。自分にとってのパルコはやはり渋谷なので、新しい渋谷文化の中心としてムーブメントを作り上げてくれたらすばらしいと思っています。今年秋にオープンする新生渋谷PARCOでは、また自分たちの展覧会をやれたらほんと嬉しいですね。

【プロフィール】

アートディレクター。デザイン・スタジオ「groovisions」代表。1993年、京都で「groovisions」設立。グラフィックやモーショングラフィックを中心に、音楽、出版、プロダクト、インテリア、ファッション、ウェブなど多様な領域で活動する。
groovisions.com

伊波 英里

アートディレクター

 小さい頃に母に連れられて行ったのがパルコさんとの出会い。中学生の頃はお年玉をにぎりしめて洋服を買いに行き、映画に夢中だった高校生の頃は「シネクイント」に足しげく通い、美術学生の頃は画材や本を買い漁り、今も買い物だけでなく展示を見たりと、人生のあらゆるシーンにパルコさんはずっといてくれている気がします。パルコさんの企画に初めて携わったのは、「シブカル祭。2014」の中で、渋谷PARCO・パルコミュージアムで展示をさせていただいたときです。「顔狩り」というフォトスポットになる、映像版顔ハメをつくったのですが、会期中は時間を見つけては会場に行き、100名以上のお客様の顔ハメ写真を撮影して、あらゆる世代の方々が楽しんでくれる顔を直接見ることができました。「アート」と言うと敷居が高くなってしまいますが、パルコさんという場所を通すことで敷居を低くしてくれる、素晴らしいイベントだなと痛感したのを覚えています。今年秋には新生渋谷PARCOがオープンしますが、もしできるなら、自分がデザインした浴衣を販売するポップアップショップをしてみたいです。昨年パルコさんも参画しているVRプロジェクト「NEWVIEW」で落語のVR作品を作ったのですが、ポップアップショップを現実世界とVR空間で展開したら面白そうだなと思いました。
 今年は「PARCO SWIM DRESS」キャンペーンの広告制作をさせていただいたのですが、昔から憧れていたパルコさんの広告を、自分がアートディレクターとして制作できることはとても感慨深く、学生の頃の自分に教えてあげたいです。自分の経験上、今までで一番大掛かりな撮影だったのですが、デザインを信頼し任せていただき、よりよいクリエイティブになるよう議論しながら、関わっていただいたみなさまが一緒に同じ方向を向いてつくり上げられたことは忘れられない思い出です。間違いなく今後の自分の仕事の指標となるプロジェクトになりました。
 昨年末、吉祥寺PARCOさんに「アップリンク吉祥寺」がオープンしたのはテンションが上がりました。パルコさんには街の特性や文化が考慮された各店舗のカラーがあるので、「街の映画館」だった「バウスシアター」が閉店してしまった吉祥寺に、「アップリンク」の2号店ができたことは、そんなパルコさんの姿勢を象徴するような出来事だったと思います。映画館の話に通じますが、インターネットでは得られないものはたくさんあると思います。50年目からのパルコさんには、人生を豊かにする、昨日よりわくわくする体験を先導して提供し続けて欲しいと思っています。

【プロフィール】

2003年、創形美術学校ビジュアルデザイン科卒業。ニューヨーク滞在を経て、2010年よりアートディレクターとしての活動を開始。グラフィックデザインに軸足を置きつつ、映像制作や空間演出、プロダクト制作など、多岐に渡り活躍中。
eriinami.com

植原 亮輔

クリエイティブディレクター

 まだ小学生になったばかりの頃、水着姿の外人モデルがテレビCMにいきなり登場し、とんでもなく色気を放っていました。見てはいけないものを見ているような、自分の頭ではどうにも処理できない厚い壁で仕切られたような、高い塀の前に立たされたような、脳みそが胸焼け、、を起こしてるような、そんな感覚を抱いていました。高校生の頃のデートはいつもPARCOでした。
 美大に入りデザインに目覚めた頃、広告デザインへの憧れはいつもPARCO。ADC年鑑のページをめくるといつもPARCOの広告を見入ってしまう。アートディレクターは変わるのに、いつも新しくてカッコいい。その理由をいつも考えさせられました。
 これがPARCOとの出会いです。
 2012年、キギを設立してまもなく、シーズン広告の制作、シンガポールでのイベントのビジュアル、そして、展覧会への出品等に参加させてもらい、印象的な一年となりました。どれもいろんな意味で強く記憶に残ってますが、特にCMのディレクションを担当させてもらったとき、横浜や沖縄でモデルがひらすら走る映像を撮った過酷なロケが忘れられません。
 現在のPARCOは、時代のせいだと思うけど、かつてあったパワーが今はないことを、ここ20年以上感じています。50年目の今年、時代をリードするPARCOを取り戻せるように頑張ってもらいたいと思っています。なによりも、そこに行かないと経験できないとか、発見できないという感覚を得られることを期待したいです。仕掛ける方法も含めて。

【プロフィール】

1972年北海道生まれ。多摩美術大学卒業。DRAFTを経て、1999年より渡邉良重とともに2012年にKIGIを設立。ブランディング、グラフィック、プロダクト、作品制作等幅広くクリエイティブ活動を行う。また滋賀県の伝統工芸の職人達とプロダクトブランド「KIKOF」を立ち上げ、 2015年東京・白金にオリジナルショップ&ギャラリー「OUR FAVOURITE SHOP」をオープン。 デザインワークの流れのなかで作品制作をして展覧会をするなど、自在な発想と表現力であらゆるジャンルを横断しながら、クリエイションの新しいあり方を探し、活動している。2017年7月に宇都宮美術館で大規模個展「KIGI WORK & FREE」を開催。東京ADCグランプリ、第11回亀倉雄策賞受賞等。

川島 小鳥

写真家

 2011年の4月、渋谷パルコのパルコファクトリーで『未来ちゃん』の写真展をやらせていただいたのがパルコとの特別な出会いです。学生の頃から、渋谷のパルコブックセンターに写真集や洋書などをよく探しに行っていたので、『未来ちゃん』を大きな場所で展示したいと考えたとき、直感で「パルコでやってみたい!」と思いました。震災直後ということもあって、開催できるかどうか不安も大きかったのですが、当時、展示を担当してくれた方が一生懸命動いてくださったおかげで無事に開催できました。その後、2015年には台湾へ3年間通って撮影した『明星』を渋谷パルコで、2016年には銀杏BOYZのジャケットにも登場した女の子の写真シリーズ『ファーストアルバム』を池袋パルコで展示させていただきました。いざ写真の展示について考え始めると、スケジュールがギリギリでも色々とやりたいことが出てきてしまって……それでもパルコの方は、毎回、無理なお願いでも叶えようと一緒に考えてくれることがすごく嬉しかったし、心強かったです。
 最近、吉祥寺パルコにできたばかりのアップリンクに撮影でお邪魔したのですが、壁紙とか椅子とか、5つのスクリーンの部屋のデザインが全て違って驚きました。あんな風に、映画館でドキドキする気持ちになれたのは久しぶりです。新しく渋谷にオープンするパルコも、若い人たちがドキドキするような、新鮮な出会いがある場所になってほしいです。写真集もたくさん置いてほしいですね。あと、僕もまたおもしろい展示をやれたらいいなと思っています。

【プロフィール】

1980年東京生まれ。写真家。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、沼田元氣氏に師事。『明星』で第40回木村伊兵衛賞写真賞を受賞。主な写真集に『BABY BABY』、『未来ちゃん』、『明星』、谷川俊太郎との共著『おやすみ神たち』、『ファーストアルバム』、台南ガイドブック『愛の台南』などがある。
www.kawashimakotori.com