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COLUMN

思い出は星の数よりも多く

 お店でパスタを食べているとき、結婚するかも、と女友だちは言った。
「〇〇さんと?」
 そう質問した。〇〇さんは、わたしは数回だけ会ったことのある、女友だちの恋人の名前だ。
「なんで?」
 理由を訊ねるのはおかしいかもしれない、結婚する理由なんてあってないようなものだ、というのは、訊ねた直後に思った。でも意外にも回答はあった。
「海外赴任決まって、付いていくことになったの。サンフランシスコ」
 サンフランシスコ。
「遠いじゃん」
 わたしは言った。驚きのあまり、つい、バカみたいな言葉になってしまったことに気づいて笑った。彼女はもっと笑った。結婚する、ではなく、結婚するかも、と言ったのが、彼女らしいなと少し遅れて思った。

 十年ほど前、同じ大学の同級生として知り合ったわたしたちは、あっというまに仲良くなり、たくさんの時間を共にした。たくさんって、それはもうたくさん。
 自分の部屋で過ごすよりも彼女の部屋で過ごす週のほうが多い月だってザラにあったし、あらゆるものを共有した。お台場、クラブ、マレーシア旅行。初体験をあげていけばキリがない。
 過ごす時間の中で、二人のあいだでしか通じないような言葉が増え、それを言い合うだけで笑えた。軽く言い争うこともあったけど、離れるとまた会いたくなった。恋人はいたりいなかったりしたが、彼女とはずっと一緒にいた。
 卒業して就職してからも、わたしがフリーランスであったこともあり、学生時代と同じようにとは言わないまでも、それなりに会っていた。何かあったときに相談するのはやっぱり彼女だった。彼女が長く付き合った恋人と別れた直後は、しばらくうちで寝泊まりしてもらった。彼女が泣きながら話す様子に、わたしまでつられて泣いて、翌日二人とも、まぶたがひどく赤く腫れあがっていた日もある(彼女の仕事が休みの日だったのは本当によかった)。
 いろんなことを知っていたし、知られていた。

 結婚の話を聞いてから、サンフランシスコについて何度も調べた。時差やフライトの長さに軽く絶望した。
 そして結婚祝いとしてリクエストされた調理器具を、デパートに買いに行った。お互いの誕生日プレゼントはリクエストを聞いてから買うというルールも、いつのまにかわたしたちの間では定着したものだった。結婚祝いも同様だ。
 デパートの帰り、レンタルショップに寄った。別に何か目的があったわけではない。むしろ、宅配購入しなかったことを少し後悔するくらいの重さだった調理器具を持っていたのだから、早く帰りたいくらいだった。でもなぜか寄った。気持ち的には帰りたくなかったのかもしれない。
 店内の一角で、中古のCDが販売されていて、なんとなく棚を端から眺めていると、見覚えのあるアルバムがあった。わたしが中学時代に発売されたバンドのもので、当時買っていた。今も実家にあるのかなあ、と思いつつ、収録曲を確認すると、彼女とよくカラオケで歌った曲も入っていた。
 カラオケももちろん何度も一緒に行ったが、わたしが歌う曲を彼女が知らなかったり、その逆だったりと、音楽の趣味はあまり合わなかった。でもこのバンドは、数少ない、共通して好きなものだった。少し悩みつつ、「なつかしいけどいらない」と言って笑う彼女の姿を想像しながら、結局は購入した。

「わー、ありがとう」
 調理器具を嬉しそうに受け取ってくれた彼女に、あとこれ、と小さな紙袋を渡す。
 あえて中身がすぐにわからないよう、ラッピング用品を買い、丁寧に梱包したのだった。彼女が梱包をほどくのを、向かいの席から見る。
 ようやく姿を現したものが、CDアルバムとわかるまで、一瞬のまがあった。
「えー、なつかしい! でもこれ、いらないでしょ」
 彼女は笑い、わたしも笑った。しばらくアルバムのジャケットを見ていた彼女が、笑顔から真顔になり、泣きそうな顔になった。
「なつかしい」
 そう言った彼女がアルバムのことじゃなくて、一緒に行ったカラオケのことや、共有してきたわたしたちの時間を思い出しているのかな、と思ったのは、わたしがそうだったからだ。彼女より先に泣いてしまいそうになるのをこらえ、わたしは、このあいだ伝えそびれていた言葉を口にした。
「おめでとう、結婚」

加藤千恵(かとう・ちえ)

歌人・小説家。1983年生。北海道旭川市出身。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年、高校在学中に短歌集『ハッピーアイスクリーム』(現在、集英社文庫)にてデビュー。小説、詩、エッセイの他、ラジオなどのメディアでも幅広く活動中。近著に、『わたしに似ていない彼女』(ポプラ社)、『この街でわたしたちは』(幻冬舎文庫)などがある。http://katochie.net

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